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松山地方裁判所 昭和49年(行ク)2号 決定

原告

川口寛之

外三四名

右訴訟代理人弁護士

新谷勇人

外一九名

被告

内閣総理大臣

三木武夫

右指定代理人

奥平守男

外一〇名

右当事者間の昭和四八年(行ウ)第五号伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件について、原告らから文書提出命令の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

被告は、別紙目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

原告らのその余の申立てを却下する。

理由

第一原告らの申立ては、別紙文書提出命令申立書に記載のとおりであり、これに対する被告の意見は、別紙意見書に記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一別紙目録記載の各文書(以下本件文書という)を被告が所持していることは、被告の認めて争わないところであるが、被告は、原告らの文書提出命令申立書第一項第四号記載の文書(以下担当者メモという)については、法令上その作成を義務付けられたものではなく、原子炉安全専門審査会の事務局たる科学技術庁原子力局の担当職員が、自己の職務を遂行するに際し心覚えとして便宜上作成した文書であつて当該職員個人の所持する文書であると主張する。

そこで、先ず右の点について検討するに、原子炉安全専門審査会第八六部会及びその各グループ並びに第九七部会の審議および調査の経過ないしその結果報告の記録の作成を要求する法令上の根拠はなく、弁論の全趣旨によれば、原子炉安全専門審査会に設置された部会およびそのグループとしては、審議および調査の際、一般にその経過ないしその結果報告の記録は作成されていないこと、そして、担当者メモは、同審査会の事務局たる原子力局の担当職員が自己の心覚えとして任意に、部会およびグループの活動の要点をメモしたに過ぎないものであつて、同職員が個人として所持しているものであることが認められる。

そうすると、原告らの被告に対する担当者メモの提出命令申立ては、被告の所持しない文書に対する申立てとなり、失当といわなければならない。

二次に、原告らは、本件文書が民事訴訟法第三一二条第二、三号にあたる文書であるとして、その各原本又は写の提出を求めているが、先ず、各文書が同条第三号後段にいう「挙証者と所持者との間の法律関係につき作成された」文書に該当するか否かについて判断する。

1  本件原子炉設置許可処分取消請求事件において、原告らは被告がなした伊方発電所の原子炉設置許可処分の審査過程に手続上の違法(原子力基本法第二条違反・実質的審査の欠如)及び内容上の違法(原子炉の危険性=構造上の欠陥・立地審査指針の違法性、立地選定の違法等)が存すると主張し、右許可処分の取消を求めているのに対し、被告は右審査が適正になされたと主張して右許可処分の審査過程が適正になされたか否かが主要な争点となつていることは当事者双方の主張に照らし明らかである。

2  ところで原子炉を設置しようとする者は、被告の許可を受けなければならず(核原料物質・核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律=以下「規制に関する法律」という、第二三条第一項)、右許可を受けようとする場合には、使用目的・原子炉の型式・熱出力及び基数・原子炉及びその付属施設の位置・構造及び設備・使用済燃料の処分の方法等所定の事項を記載した申請書を提出することを義務付けられており(規制に関する法律第二三条第二項)、原子炉及びその付属施設の位置・構造及び設備については、さらに詳細な記載事項を定め(原子炉の設置、運転等に関する規則=以下「規則」という第一条の二、第一項第二号)ると同時に、右申請書には原子炉施設を設置しようとする場所に関する気象・地盤・水利・地震・社会環境等の状況に関する説明書、原子炉施設の安全設計に関する説明書、核燃料物質及び核燃料物質によつて汚染された物による放射線の被曝管理並びに放射性廃棄物の廃棄に関する説明書、原子炉の操作上の過失、機械又は装置の故障、地震、火災等があつた場合に発生すると想定される原子炉の事故の種類・程度・影響等に関する説明書などの原子炉の安全性に関する資料を添付しなければならない(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令=以下「施行令」という、第六条第二項、規則第一条の二第二項)。そして被告は、原子炉設置許可の申請があつた場合においては、あらかじめ原子力委員会の諮問を経ることとし、原子力委員会は、原子炉安全専門審査会の審議に付したうえ(同審査会は、申請を専議する部会を設置し、同部会から申請事項について調査の結果をうけたうえで原子力委員会に報告する。また同委員会の事務は科学技術庁原子力局が処理する。)被告に答申し、被告はこれを尊重して許否の判断をするのであるが、その場合、原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は又は原子炉による災害の防止上支障がないものであると認めるときでなければ、その許可をしてはならないのである(規制に関する法律第二四条第一項第四号、原子力委員会設置法第二、三条、第一四条の二)。

また、申請者は規制に関する法律第二三条第二項第二号から五号まで、又は第八号に掲げる事項を変更しようとするときは、その内容及び理由等を記載した申請書を変更後における安全性に関する説明書を添付して提出し、被告の許可を受けなければならず、この場合も前記のような手続を経て許否が判断される(規制に関する法律第二六条第一、四項、施行令第八条、規則第二条第一、二項)。

そして弁論の全趣旨によれば、本件文書はすべて、右許可手続の審査過程において作成された文書であることが認められる。

3  ところで、民事訴訟法第三一二条第三項後段にいう「挙証者と所持者との間の法律関係につき作成された」文書とは、挙証者と所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係発生の過程において作成され、同法律関係と密接に関連する事項を記載した文書も含まれると解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告が伊方発電所に原子炉の設置を許可したことにより、危険物とされる原子炉の設置によつて生命・身体並びに財産の安全に制約をうける右発電所設置場所周辺地域に居住する原告ら住民との間に、右制約が適正な手続を経てなされたものか否かという右許可手続の合法性をめぐる法律関係が発生したものということができ、右許可手続の審査過程において作成された本件文書は、原告らと被告との間の右法律関係発生過程において作成され、同法律関係と密接に関連する事項を記載したものというべきであるから、右両者間の法律関係につき作成された文書に該当するものといわなければならず、これを所持している被告にはその提出義務があるというべきである。

しかも本件取消請求訴訟においては、被告の許可処分の審査手続が適正になされたか否かが主要な争点となつているところ、本件文書が右争点を解明するうえで極めて必要かつ重要な証拠方法であつて、原告らにおいて他に立証上有力な資料を持ち合わせていないものと認めうるから、本件文書の提出を求める必要性は、これを十分肯認することができるものというべきである。

三以上の次第で、原告ら主張のその余の文書提出命令申立ての根拠について判断するまでもなく、本件文書は、民事訴訟法第三一二条三号後段の文書に該当し、被告はこれについて文書提出の義務を負うが、その余の文書(担当者メモ)についてはその義務を負わないと解するのが相当である。

よつて、本件文書提出命令の申立ては、本件文書についてはこれを認容し、その余の文書(担当者メモ)についてはこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(村上悦雄 早川律三郎 大西良孝)

目録

伊方発電所原子炉設置許可手続及びその設置変更許可手続に関し作成された以下の文書の原本又は写一切。

1 右許可申請書及び添付書類以外の、四国電力株式会社が被告(科学技術庁ないし原子力委員会を含む)に対して提出した調査資料、参考資料一切。

2 原子力委員会の議事録一切。

3 安全専門審査会の議事録及び審査に際し同審査会に提出された部会報告書及びその付属資料一切。

4 科学技術庁原子力局が原子力委員会、原子炉安全専門審査会又は第八六部会に各提出した左記(一)(二)(三)の報告資料、参考資料。

(一) 原子力局が原子力委員会に提出した同局作成の「四国電力株式会社伊方発電所の立地条件について」と題する文書

(二) 原子力局が原子炉安全専門審査会の審査に際して提出した次の文書五点

(1) 四国電力(株)伊方発電所の概要

(2) 第八六部会(伊方)審査状況報告

(3) 四国電力(株)伊方発電所の原子炉設置に係る安全性について(中間報告)

(4) 四国電力株式会社伊方発電所の原子炉の設置許可申請書の一部訂正について(通知)

(5) 四国電力(株)伊方発電所の原子炉の設置に係る安全性について(案)

(三) 原子力局が第八六部会の審査に際して提出した「「原子力発電所の安全評価(重大事故・仮想事故解析)」と題する文書

文書提出命令申立書

一、文書の表示

伊方発電所原子炉設置許可手続及びその設置変更許可手続に関し作成された以下の文書の原本又は写一切。

1ないし3〈本決定末尾目録の1ないし3と同じにつき省略〉

4 第八六部会及びその各グループ並びに第九七部会の審議及び調査(但し現地調査を含む)の経過ないしその結果報告の記録(一括して単に部会審査記録という)、即ちいわゆる担当者メモ一切。

5 〈本決定末尾目録の4と同じにつき省略〉

二 文書の趣旨

1 本件伊方発電所原子炉設置許可申請書及び添付書類以外の、四国電力株式会社が被告(科学技術庁ないし原子力委員会)に対して提出した調査資料、参考資料一切。

別添資料一の「大飯一、二号炉参考資料」に類する文書を含むところの調査資料、計画資料、比較対照資料、設計計算関係資料等、四国電力株式会社が、本件安全審審査手続において提出した参考資料文書(例えば昭和四七年一〇月、四国電力株式会社の為した音波探査結果資料等)一切。

2 原子力委員会の議事録一切。

本件原子炉設置及びその設置変更許可手続につき為された思子力委員会の全審議日程における議事内容を記録した議事録であつて、各審議日時、場所、出席者名、審議事項、審議の具体的経過及び結果、例えば出席委員の発言内容、決議の有無とその内容等の議事一切を記録した一連の文書。

3(一) 安全専門審審査会の議事録一切。

本件原子炉設置許可手続及びその設置変更許可手続につき為された安全専門審査会の全審議日程(被告準備書面(一)別紙四―資料四―記載の第八六部会の審査会への報告及び協議の各日程を含む)に於る審査内容を記録した議事録であつて、前記2の原子力委員会の議事録と同趣旨の文書一切。そのうち別紙四(資料四)の各日程に作成されたものについては、同別紙内容欄の記載のとおりの事項に関する報告及び協議内容、経過とその結果についての詳細な記録を含んでおり、同別紙作成の実質的基礎となつたものである。

(二) 同審査会に提出された部会報告書及びその付属資料一切。

同審査会に対し提出された第八六部会、第九七部会作成の報告書及びそれに付属資料があればその一切。

かかる報告資料が存することについては、被告準備書面(三)第二、二、8(四)にあらわれている。

4(一) 第八六部会及びその各グループ並びに第九七部会の審査経過記録一切。

本件原子炉設置許可手続につき第八六部会及びその各グループ、同許可変更手続につき第九七部会の、各全調査、審議日程(被告準備書面(一)別紙三12―資料五―及び同別紙七―資料六―各記載の各調査、審議日程を含む)において作成された審議経過記録、前記2の原子力委員会の議事録と同趣旨の文書であつて、右別紙内容欄記載の各条項に関する報告、協議の内容、経過及び結果についての詳細な記載を含んでいる。

なお同文書は、昭和四八年三月科学技術庁原子力局が、別添資料三のとおり「四国電力株式会社伊方原子力発電所の設置に係る原子炉安全専門審査会第八六部会及び各グループの議事要旨」と題する右議事の概要に関する文書を作成した際、右作成の実質的基礎となつたものである。

(二) 第八六部会及び第九七部会の右審議経過記録以外の調査経過記録(殊に次項の如き第八六部会の現地調査記録を含む)ないし審議・調査の結果報告記録一切((一)(二)を合わせていわゆる担当者メモと呼称する。文書提出命令申立に対する被告意見書(補充)一項御参照)。

被告準備書面(三)第二、二、8によれば、第八六部会及び第九七部会の各部会専門委員は、被告準備書面(一)別紙二―資料七―の各専門分野についての調査、審議を適宜なしたうえ、その調査内容及び審議結果を、適宜その後の会合において報告、審議したという。

このように、各部会専門委員がなした調査内容及び審議結果を記載した調査資料、審査結果報告資料一切と、その付属資料全部。

(三) 第八六部会の現地調査記録一切。

第八六部会及びその各グループの現地調査日程(被告準備書面(一)別紙三12(資料五)記載の調査日程)において為された調査内容(同別紙内容欄記載のとおり)、調査経過についての記録文書があればその一切。

これらの文書には、調査の日時、場所、出席委員名、調査の目的、方法及び経過とその結果等についての記載が含まれているはずである。すなわちこれらの文書は、右別紙作成の実質的基礎となつたものである。

5 科学技術庁原子力局が原子力委員会、原子炉安全専門審査会、又は第八六部会に提出した一、文書の表示5(1)(2)(3)の報告資料、参考資料。

例えば被告は、被告準備書面(三)第二、一、2に、「用地問題、漁業問題、関係地方公共団体の決議、伊方発電所設置反対運動等の一般的な事情については、原子力委員会の事務局である科学技術庁原子力局が、四国電力株式会社からの事情聴取、愛媛県等からの意見の聴取及び関係資料の収集等を通じて調査し、これらを適宜原子力委員会に報告した。」と述べている。

このように、原子力局が為した調査により収集した参考資料及び調査結果の報告資料のうち、文書提出命令申立てに対する被告意見書(補充)四(1)、同別紙一、(五)〜(八)(一〇)、別紙二、(三)に各示されたところの文書資料一切。

三 文書の所持者

被告(保管者は科学技術庁原子力局)

四 立証趣旨

伊方発電所原子炉設置許可手続及びこれと密接な関連のある設置許可変更手続のうち、殊に主要な原子力委員会における右安全審査の内容、経過及び状況を立証し、もつて原告らに、右手続について訴状記載のとおりの重大な手続的瑕疵が存し、かつかかる瑕疵ある手続の結果許可された同原子炉が、訴状記載の如き重大な事故及び環境破壊の危険をもたらすことを立証する。

五 文書提出義務の原因

1 民事訴訟法第三一二条二号

原子力基本法第二条は、原子力の研究開発、利用についての民主的運営、並びにその成果の公開を規定し、原子力関係法規の解釈、運用の指針及び原子力行政全般にわたる基本的手続的原則を定めている。

このように、公開行政が定められたことによつて、被告は、関係規定の具体的運用に当つて、公開原則を排除すべき規定又は特段の合理的理由なき限り、同原則に従つた民主的なガラス張りの手続を採用しているのである。

被告が右資料の閲覧ないし公開を拒否できない以上、該資料文書につき、民事訴訟法第三一二条二号の提出義務原因が存するものである。

2 民事訴訟法第三一二条三号

(一) 前記文書はいずれも、本件原子炉設置ないし設置変更が、原子炉等規制法二四条一項の基準に適合するかについての調査、審議のため作成されたものであつて、実質的に本件原子炉設置等が、国民の利益に適合し、殊に原告等を含む地元住民に対する災害(事故ないし公害)防止上支障ないものでああかについての調査、審議資料であり、右調査、審議資料の作成は、被告及びその諮問機関である原子力委員会が国民から信託された権能に基き、国民(特に重大な利害を生ずる地元住民)のために行つたものである上、基本法第二条の公開義務及び民主的、自主的な審査手続を国民のために担保するよう作成されたものともいえるから、右は、民事訴訟法第三一二条三号前段の「挙証者の利益の為」作成された文書に該当する。

(二) 又本件文書は、原・被告間の「法律関係につき」作成せられたものとして、同条三号後段の提出義務原因ある文書に該当する。

すなわち、原告等国民は、被告に対し、一般にその設置許可に基づき急ぎ設置されつつあるところの原子炉が、原告等の適正な生活環境、健康及び生命を破壊する恐れの大きい施設であることを理由として、かかる被害を予防するため、右設置をもたらす許可処分についての取消しを求め得る法律関係にあり、右許可が基本法第二条の基本原則を無視した瑕疵ある安全審査手続を基に為されたことを理由として、その取消しを求め得るという法律関係に立つている。而して本件文書はいづれも、専門的かつ技術的な右許可処分の実質的基礎をなす一連の調査、審議内容を記載した文書であるとともに、有機的一体として、右瑕疵ある審査手続を構成し、これを記録した文書であつて、右法律関係に密接な関係ある事項を記載している。

「法律関係に付き」作成された文書とは、法律関係そのものを記載した文書のみならず、それと密接な関係ある文書をも含む(菊井・村松コメンタール民訴Ⅱ三七九頁以下)と解されるのである、右文書につき、被告において、民事訴訟法第三一二条三号後段の提出義務の原因が存するとは明らかである。

意見書

原告らの文書提出命令の申立てに対し、被告は次のとおり反論する。

一 原告らは、原告らが被告に対して提出を求める文書が原子力基本法二条に定める公開の原則によつてその閲覧ないし公開を拒否することができないものである以上、被告には右文書について民事訴訟法三一二条二号の規定に基づく文書提出義務が存する旨主張する。

しかしながら、原告らが被告に対して提出を求める文書は、いずれも同号にいう挙証者が文書の所持者に対し「引渡又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得ル」文書には該当しない。

すなわち、民事訴訟法三一二条に規定する文書提出命令の制度は、裁判所の命令によつて対立当事者らの手中にある文書を挙証者のために利用させようとするものであるが、これは、当事者の責任と負担とにおいて訴訟の進行を図ることを建前とする民事訴訟においては、例外的な措置というべきものである(行政事件訴訟法は、職権証拠調べの制度を設けている(二四条)が、その構造全体は弁論主義を基調とするものであつて、右職権証拠調べの規定も弁論主義を補充するものに過ぎない(杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」八三ページ、南博方編「注釈行政事件訴訟法」二一四ページ以下参照)。)。しかも文書提出命令が対立当事者に発せられた場合を考えてみると、対立当事者は、自己の意に反してまでも自己の手中にある書証を相手方のために利用させなければならない義務を負い、もしこの命令に従わない場合は、裁判所によつて、当該文書に関する相手方の主張を真実と認められる危険を負担しなければならないのである(民事訴訟法三一六条)。

このような重大な効果の裏打ちをもつ文書提出義務を対立当事者に負担させる同法三一二条の法意にかんがみると、同条二号にいう「挙証者カ文書ノ所持者ニ対シ其ノ引渡又ハ閲覧ヲ求ルコトヲ得ルトキ」に該当するためには、文書の提出を申し立てた当事者が文書の所持者に対して実体法上その文書の引渡し又は閲覧を請求することができる場合に限られるべきである(菊井維大・村松俊夫「民事訴訟法」Ⅱ三一二ページ、兼子一「條解民事訴訟法Ⅱ」一一九ぺージ、加藤正治「新訂民事訴訟法要論」四四四ページ、法律実務講座民事訴訟法編四巻二八三ぺージ参照)。すなわち、同号は、実体法上法律の規定に基づくと契約に基づくとを問わず文書を支配し、利用する権利を有する者は、訴訟上においてもその文書を自己のための証拠方法とするこことを請求できる旨規定したものなのである。

ところで、原子力基本法は、その二条において、「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」と規定しているが、右規定は、原子力の研究等についての国の基本方針を宣言したものであつて、原子力の研究等の成果について、その公開を求め得る具体的権利を原告らに対して付与したものではない(東京高裁昭和四七年五月二二日決定・判例時報六六八号二〇ページ参照)。

従つて、実体法上原告らが被告に対し何ら本件文書の引渡し又は閲覧を求める権利を有しない以上、原告らは、被告に対し、民事訴訟法三一二条二号の規定に基づく文書の提出を求めることはできないのである。

二 原告らは、本件文書はいずれも本件原子炉設置ないし設置変更が原子炉等規制法二四条一項の定める基準に適合するか否かについての調査、審議のために作成されたものであるところ、右調査、審議のための資料の作成は、被告が国民から信託された権能に基づき、国民(特に重大な利害を生ずる原告らを含む地元住民)のために行つたものであり、又原子力基本法二条に定める審査手続を担保するよう作成されたものであるから、本件文書は民事訴訟法三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書に該当する旨主張する。

しかしながら、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、いずれも同条三号前段にいう文書には該当しない。

すなわち、同条三号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、委任状、領収書、身分証明書等挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書ないし後日の証拠とするために挙証者の地位や権限を証明する目的で作成された文書を指すものと解される(前掲東京高裁決定、菊井・村松・前掲三七九ぺージ、兼子・前掲一一九ページ、池田浩一・前掲東京高裁の決定に対する判例評釈。判例評論一六二号二八ぺージ参照)。

ところで、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、訴外四国電力株式会社の本件原子炉の設置許可を受けるために提出した文書、被告の諮問機関である原子力委員会等が本件原子炉設置許可の申請等に関し調査、審議及び答申を行うに際して作成された文書であつて、そのいずれの文書も原告らに対し権利義務を発生させ或いは原告らの地位や権限を証明する目的で作成されたものではないのである。

従つて、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、いずれも民事訴訟法三一二条三号前段に規定する「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書には該当しないと言わなければならない。

三 更に原告らは、本件訴訟において原告らは本件原子炉設置が原告らの適正な生活環境等を破壊する恐れのあること及び被告のなした本件原子炉設置許可処分が瑕疵ある審査手続に基づいてなされたものであることを理由として右処分の取消しを求めることができるのであるから、処分に際しての審議内容等を明らかにする本件文書はいずれも民事訴訟法三一二条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書に該当する旨主張する。

しかしながら、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、いずれも同条三号後段にいう文書には該当しない。

すなわち、同条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、契約書、通張等挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、契約の草案、契約締結のための交渉過程で作成された往復書簡のような文書等右法律関係に関係ある文書も含まれると解される(菊井・村松・前掲三七九ぺージ参照)としても、前述した民事訴訟法三一二条の法意及び同条三号がその前段について具体的かつ限定的な内容をもつて規定し、これとその後段の文書とを同列に結んで規定していることから考えると、右「法律関係に関係ある文書」というのも、法律関係になんらかの意味で関係があると考えられる事項を記載した一切の文書というような包括的に解すべきではないのである(東京地裁昭和四三年九月一四日決定・判例時報五三〇号二一ページ参照)。すなわち、「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書とは、右両者の直接又は間接の関与のもとに作成されたものであつて、両者間の具体的な法的地位が明らかになるような文書を指すものと解されるのである(前掲東京高裁決定参照)。

ところで、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、いずれも間接的にせよ原告らの関与のもとに作成されたものではないし、又両者間の具体的な法的地位を直接明らかにするものでもない。

従つて、原告らが被告に対して提出を求める本件文書は、いずれも民事訴訟法三一二条三号後段に規定する「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書には該当しないと言わなければならない。

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